日本各地で広がるワインづくりの現場では、気候変動や病害の影響により、これまで以上に繊細な対応が求められる時代に入っています。そんな中、ワインブドウの健全な生育を支える“科学的アプローチ”に注目が集まっています。
日本ワインブドウ栽培協会(JVA)が開催する全国セミナー・ワークショップでは、アメリカ・バージニア工科大学の荷田瑞穂准教授を招き、ブドウの病気対策や冬季管理、剪定技術など、栽培の基礎を科学的視点から見直す実践的な講座が行われます。
荷田准教授は、カビやウイルスによる病害の研究で世界的に知られる専門家。今回のセミナーでは、北海道から長野まで全国5か所を巡りながら、現場で直面する課題に寄り添った最新の知見を共有します。
気候変動の影響で新たな病気が増える中、どのようにして“健全なブドウ樹を次の世代へつなぐか”。その問いに、科学の力で応えようとする今回の取り組みは、日本のワイン文化を未来へと導く大きな一歩といえそうです。
日本のワイン産業が直面する課題と、科学が果たす役割

日本各地でワイン造りが広がる中、その現場ではこれまでにない変化が起きています。近年の気候変動によって、気温上昇や降雨パターンの変化が進み、従来は見られなかった病害の発生が増加しています。さらに、ウイルスやカビによる被害も深刻化し、栽培者にとっては年々複雑さを増す課題となっています。
特に日本のワイン産地は、北海道から九州まで気候が大きく異なるため、同じ品種でも地域によってまったく違う対策が必要になります。これまで各地では経験や勘を頼りに、独自の工夫で病害への対応を重ねてきました。しかし、気候の変化が想定を超えるスピードで進むいま、科学的根拠にもとづいた栽培技術の確立が急務となっています。
そうした背景のもとで開催される今回のセミナー・ワークショップは、研究者と生産者が知識を共有し合い、最新の科学的知見を現場で活かすことを目的としています。荷田瑞穂准教授による講義では、病気の原因や予防法だけでなく、「なぜその対策が必要なのか」を理論的に理解できる点が大きな特徴です。単なる防除技術の紹介にとどまらず、これからのワイン栽培を持続可能なものにしていくための“学びの場”として期待されています。
荷田瑞穂准教授が伝える“科学的アプローチ”の重要性

今回のセミナーで講師を務めるのは、アメリカ・バージニア工科大学で植物病理学を専門とする荷田瑞穂准教授です。荷田准教授は、ワインブドウの病理研究において国際的にも高い評価を受けており、特にカビ由来の病害やウイルス感染症の研究で知られています。バージニア州は日本と似た気候条件を持ち、湿度が高く、病害が発生しやすい地域です。荷田准教授はそこで培った知見をもとに、気候変動時代に対応したブドウ栽培の在り方を研究しています。
セミナーでは、「剪定時に考慮すべき病害リスクとその予防方法」や「気候変動下での防除戦略」など、理論と実践の両面からブドウ栽培を見直す内容が予定されています。さらに、近年、北海道でも被害が報告されている「晩腐病(ばんぷびょう)」に関する最新研究も共有されるなど、実際の現場で役立つ情報が盛り込まれています。
荷田准教授の講義は、科学的知見を専門家だけでなく現場の生産者にもわかりやすく伝えることを重視しています。病害の原因や発生メカニズムを理解することで、対症療法ではなく、根本的な予防につながる管理方法を見つけることができるのです。こうした“科学で栽培を支える視点”こそが、これからの日本ワインづくりにおいて欠かせないアプローチといえるでしょう。
全国で広がる実践ワークショップの取り組み

鹿取みゆき代表理事が語る「次のステージ」への思い
日本ワインブドウ栽培協会(JVA)の代表理事を務める鹿取みゆき氏は、「日本のワインブドウ栽培は、次のステージに入っています」と語ります。これまで各地の生産者たちは、それぞれの気候や土壌に合わせ、独自の方法で病害や気候変化に向き合ってきました。しかし、今やその枠を超えて、研究者と現場が協力し合い、共通の知見を築くことが求められています。
鹿取氏は、科学的な知識を持つ研究者と、日々現場に立つ生産者が互いに理解を深めることこそ、持続可能なワインづくりへの第一歩だと強調します。荷田准教授による講義はまさにその架け橋となるもので、理論と実践を結びつける貴重な機会です。これまで個別に対応してきた課題を、学び合いの場を通じて“日本全体の財産”へと昇華させていくことが、今回の取り組みの本質といえます。
JVAでは、こうしたセミナーを一過性のイベントとして終わらせるのではなく、次世代の育成や地域連携へとつなげていく考えです。科学と経験の両輪で日本ワインを支える新たな流れが、いま着実に形になりつつあります。
科学と情熱がつなぐ、日本ワインの未来
気候が変わり、栽培環境が大きく揺らぐ中で、日本のワインづくりは新たな転換期を迎えています。今回のセミナー・ワークショップは、そうした時代の流れに立ち向かうための“知の集結”ともいえる試みです。研究者と生産者が同じ視点で学び合い、実際の畑で確かめながら未来を考える——その姿勢こそ、これからの日本ワイン文化を支える原動力になるでしょう。
日本ワインブドウ栽培協会が掲げる「科学と現場の融合」というテーマには、単なる栽培技術の共有にとどまらない思いが込められています。それは、次世代の担い手が誇りを持ってブドウを育て、地域に根ざしたワインづくりを続けていくための基盤を築くこと。つまり、日本の風土と文化を守りながら、新しい時代のワイン産業を創造していくことにほかなりません。
科学が支え、情熱がつなぐ——。
その輪の中から、これからの日本ワインの新たな物語が生まれていきそうです。
日本ワインブドウ栽培協会(JVA) 概要
日本ワインブドウ栽培協会(Japan Vineyard Association/略称JVA)は、
日本ワインの品質向上と産業の発展をめざして2019年に設立された非営利団体です。
全国500を超えるワイナリーと生産者を支援し、苗木のサプライチェーン構築や
ウイルスチェック体制の確立、研究・調査の推進、ネットワークづくり、
そして学びの場の創出などを通して、日本の風土に根ざしたワインづくりを支えています。
50年後、100年後も日本の風土を映すワインが世界で愛されるよう、
生産者とともに未来を見据えた活動を続けています。
