猛暑が日常化しつつある近年、日本人の暮らしにおいて「どう涼を感じるか」は大きな課題となっています。冷房や扇風機といった機械的な手段は欠かせない一方で、それだけでは満たされない心の暑さもあるのではないでしょうか。そんな中で改めて注目されているのが、日本の夏の風物詩「金魚」です。古くは江戸時代から庶民の暮らしに寄り添い、涼やかな存在として親しまれてきた金魚は、現代においてもなお人々の感性に強く訴えかけています。
すみだ水族館が2025年夏に実施した「金魚と涼しさに関する緊急調査」では、全国1,000人を対象に、金魚が人々にどのような涼の感覚をもたらしているのかが探られました。「金魚を見て体感温度が下がった」と答える人も少なくなく、文化的・心理的な影響の大きさが明らかになりました。
冷房機器のように直接的に気温を下げることはできなくても、人々の心に涼をもたらす金魚。その存在は、気候変動によって厳しさを増す日本の夏において、改めて価値を問い直すべき対象となっているのです。本記事では、この調査の結果や展示を通じて、金魚がいかに「涼の象徴」として現代に息づいているのかを探っていきます。
金魚がもたらす「涼しさ」の実感

調査のなかで注目すべきは、金魚を見て「涼しい」と感じた人が全体の37.6%にのぼった点です。さらに具体的にどの程度の涼を感じるかを問うと、平均でマイナス2.8度分の体感効果があると答える結果となりました。「マイナス1度」や「マイナス3度」といった回答が多い中で、「マイナス10度以上」と答えた人も存在し、金魚が視覚的に与える影響の強さを示しています。

また「暑い日に涼を得るアイテムをひとつだけ選ぶとしたら」という問いに対し、圧倒的多数は「エアコン」(66.7%)でしたが、少数派ながら2.5%の人々が金魚を選んだことも見逃せません。特に20代男性では「扇風機より金魚」と答える傾向が見られ、若い世代にも金魚の存在が涼しさの象徴として受け入れられていることが分かります。

さらに、どちらがより涼しさを感じられるかを調査した結果、青色やミント、さらには「涼」という漢字や怪談話よりも、金魚のほうが涼しく感じられると答える人が多数を占めました。こうした結果は、金魚が文化的な背景と結びつきながら、現代においてもなお人々の感性に強く働きかけていることを示しています。
暮らしとともに薄れゆく金魚文化

一方で、金魚との距離は時代とともに遠のいています。調査によれば、子どもの頃に金魚を飼っていたと答えた人は全体の67%と約3人に2人にのぼるものの、現在金魚を飼っている人はわずか8.9%に留まります。
この数値の落差は、金魚がかつては生活の中で身近な存在だったにもかかわらず、現代では特別な機会にしか触れ合えなくなっていることを物語っています。同時に「子どもの頃と比べて夏が暑くなったと感じるか」との問いには、97.3%が「はい」と回答。かつてよりも体感的に暑さを強く感じる今、金魚がもたらす視覚的涼感が暮らしから失われていることの影響は小さくないと考えられます。
金魚の飼育率が低下する一方で、夏を「耐えられないほど暑い」と感じる人は増加しているという調査結果は、数字上でも両者が反比例しているように映ります。そこには、文化や習慣の変化が気候の厳しさをより強く感じさせている一面もあるのかもしれません。
夏に求められるのは「涼」 金魚が応える新しい価値

しかし、完全に金魚が人々の心から消えたわけではありません。「今後、金魚を涼を得る存在として飼育したい」と答えた人は全体の4.8%でしたが、40代女性に限ると約10人に1人が検討していることが分かりました。金魚をただの観賞魚ではなく「夏を快適に過ごすための存在」として再評価する動きが、一定の支持を集めつつあるのです。

さらに「夏のお出かけ先に求める要素」として、最も多く挙げられたのは「涼しさ」(50.8%)。次いで「楽しさ」「非日常感」「癒し」と続き、金魚をテーマにした展示はまさにそのニーズに応える存在といえるでしょう。
公共空間を舞台にした「涼の体験」の仕掛け

すみだ水族館では現在、特別展「東京金魚~時代を泳ぐ、小さなミューズたち~」を開催中です。展示では、江戸時代に広がりを見せた日本の金魚文化を浮世絵や戯画を通じて紹介するほか、飼育スタッフ監修の解説や撮影のコツなど、金魚の多彩な魅力を深掘りしています。館内では、金魚にちなんだフードやグッズの販売、ワークショップも行われ、金魚を中心にした多面的な体験が用意されています。涼やかな水槽の中で泳ぐ姿を眺めることは、暑さに疲れた心身を癒すひとときとなるはずです。
「東京金魚~時代を泳ぐ、小さなミューズたち~」イベント概要
【開催期間】2025年7月24日(木)~9月30日(火)
【開催場所】すみだ水族館館内各所
【料金】無料 ※水族館入場料別

こうした水族館内での取り組みに加え、今回の調査結果は街の中にも広がっています。8月25日から9月14日までの期間限定で、調査結果を掲出した「涼しい金魚調査トレイン」が東武スカイツリーラインに登場します。車内には、すみだ水族館で実際に飼育されている金魚の写真と共に、調査データが掲出され、通勤・通学で乗り合わせた人々に視覚的な清涼感を届けます。日常の移動空間をジャックする形で「金魚=涼しさ」のイメージを広める取り組みは、文化的にもユニークな試みといえるでしょう。
「涼しい金魚調査トレイン」概要
掲出期間:8月25日(月)〜9月14日(日)の期間(予定)
掲出場所:東武スカイツリーライン 半蔵門線直通列車 1編成の車内
公式サイト:https://www.sumida-aquarium.com/wp/wp-content/uploads/2025/08/250821.pdf
金魚が教えてくれる、心を冷やす夏の知恵
「金魚と涼しさに関する緊急調査2025」が示したのは、金魚が単なる観賞魚ではなく、日本人の感性に根ざした「涼の象徴」であるという事実です。現代の猛暑を前にして、冷房や氷菓子のような即効性のある涼しさが求められるのは当然ですが、それとは異なる心の涼を与える存在として金魚が再び注目されていることは示唆的です。
文化として受け継がれてきた金魚の存在を、展示や公共空間での掲出を通じて再発見することは、単なる娯楽や観賞にとどまらず、私たちの生活を豊かにするヒントにもつながります。猛暑を和らげる工夫は多様であってよいはずです。エアコンの冷気とともに、金魚の揺らめく姿がもたらす涼感を暮らしに取り入れることは、気候の厳しさに立ち向かう新たな知恵ともいえるでしょう。
金魚を見つめる時間は、暑さを和らげると同時に、夏を味わう感性を呼び覚まします。変わりゆく気候とともに、失われつつあった夏の風景を取り戻すこと。それこそが、いま再び金魚が私たちの前に現れている意味なのかもしれません。