訪日外国人による旅行消費が拡大する中、旅先での「食」も、料理を味わうだけでなく、その土地ならではの文化や背景まで含めて楽しむ“体験”として注目されています。
麻布十番で江戸前鮨を提供する「麻布 鮨 翠九龍(みくり)」でも、近年は訪日外国人の来店が増え、日本酒や器、店内空間などを含めて日本の食文化を楽しむ方が見られるそう。
中でも外国人客の心をつかんでいるのが、カウンター越しに魚を切り、鮨を握る姿を間近で見られる“ライブ感”。
今回は「麻布 鮨 翠九龍」店主の芳賀真さんに、訪日外国人が江戸前鮨に求める体験や、日本人には当たり前だからこそ気づきにくい日本の食文化の魅力、国籍を問わず大切にしている“おもてなし”についてお話を伺いました。
伝統と新しさを融合した江戸前鮨を提供する「麻布 鮨 翠九龍」
東京都港区・麻布十番に店を構える「麻布 鮨 翠九龍」は、全国各地から仕入れた旬の食材を使った江戸前鮨や逸品料理を、完全予約制の落ち着いた空間で提供する鮨店。

駅や商店街から少し離れた場所にあることから、現在では“隠れ家的”な店としても知られており、カウンターを中心としたプライベート感のある空間で、ゆっくりと食事を楽しむことができます。
店主の芳賀真さんが店づくりで大切にしているのは、昔ながらの江戸前鮨の仕事を守りながら、時代に合った新しい発想も取り入れていくこと。
「伝統的な昔ながらの仕事と、今の若い職人たちや自分たちで考えた新しい提供の仕方、食材を融合させています。」
と語った芳賀さん。

鮨の世界では、かつて新しかった食材や仕事が時代とともに定番になってきた歴史があることから、新しいものを否定するのではなく、取り入れられるものは取り入れながら、自分たちなりの鮨を生み出すことを心掛けているそうです。

店には20代のカップルから近隣に住む80代まで幅広い世代が足を運んでおり、日本人客では40~50代が中心。
開業から丸3年を迎えた現在では、日本人だけでなく、海外から東京を訪れる旅行者の姿も増えています。
芳賀さんによると、オープン当初は外国人客といえば日本で生活する中国人が多かったものの、2年目頃から旅行で日本を訪れる外国人客が目立つようになったといいます。
「主に香港、台湾、シンガポールなど東アジア・東南アジアの方や、欧米ではEU圏、イギリスの方などがいらっしゃいます。」
と、来店する旅行者の国や地域もさまざま。
特に、短い時間で多くの観光地を巡るというよりも、東京での一晩をゆったりと過ごしながら上質な食事を楽しみたいという旅行者が多いそうです。
さらに興味深いのが、来店のきっかけ。
店舗周辺に大使館があることもあり、来店した人から友人へと紹介が広がるケースが多く、InstagramやFacebookなどを通じて海外にいる知人から評判を聞き、予約につながることもあるのだとか。
大々的な宣伝ではなく、実際に店を訪れた人の“リアルな口コミ”が国境を越えて次の来店につながっている点も「麻布 鮨 翠九龍」に外国人客が増えている背景の一つといえそうです。
「食べる」だけではない!外国人客が江戸前鮨に求める“日本文化体験”
訪日外国人が増加する中「麻布 鮨 翠九龍」を訪れる外国人客が楽しみにしているのは、鮨そのもののおいしさだけではありません。
芳賀さんによると、海外でも寿司を食べた経験がある人は多い一方、日本の鮨店ならではのカウンタースタイルや、職人が目の前で鮨を仕上げていく様子に強く興味を示す人が多いのだとか。

「僕らが普段何気なくやっている所作ですね。『いらっしゃいませ』と頭を下げたり、フレッシュなわさびをおろしたり。魚を一枚一枚、目の前で切っていることにも感動される方が多いです。」
と芳賀さん。
さらに、魚を切り、鮨を握り、完成するまでの一連の流れを間近で見られるカウンターならではの“ライブ感”も、外国人客から好評だといいます。

「目の前で作ってもらえるというところに、すごく喜んでいただけますね。自分たち日本人にとっては何気ないことでも、出来上がりまでを目の前で見て、自分のところへ鮨が出てきた時の喜びというものはすごく意識しています。」
海外では席に完成した料理が運ばれてくるスタイルが多い中、職人の手仕事を間近で眺めながら出来上がりを待つ時間そのものが、日本でしか味わえない特別な体験になっているようです。
こうした“日本らしさ”を感じてもらうため、芳賀さん自身は外国人客に対しても、基本的には日本語のまま接客することを意識しているそう。

「海外に行って、現地の人から流暢な日本語で話しかけられると少し興ざめすることもあるじゃないですか。なので僕は、日本語のままの方がいいと思ってそのまま対応しています。」
もちろん、必要に応じて外国語を話せるスタッフが内容を伝えますが、あえて日本人の職人らしい接客を残すことで、日本を訪れたからこそ感じられる空気を味わってもらえるよう心掛けています。
さらに、鮨以外にも日本酒や器などを通して、日本の文化を伝える工夫も。

日本酒を注文する外国人客の中には、有名銘柄ではなく「あなたが普段飲んでいる日本酒を飲んでみたい」と尋ねてくる人もいるそうです。
そこで春・夏・秋・冬それぞれの季節に合わせた日本酒を紹介したり、好みに合わせて全国各地から集めたおちょこを選んでもらったりすることも。
日本酒を注ぐ際には、日本ならではの作法や「乾杯」という言葉を伝えるなど、コミュニケーションや食事の所作そのものも体験の一部となっています。
また器についても、訪日した外国人客にはあえて和食器を中心に使用するなど、相手に合わせて変更。
「座ってからでないと空気感が分からないので、飲み物を出して少し雑談をすることで、その方の雰囲気や意向を感じ取って、それに合わせて内容を変えることもありますね。」
と話す芳賀さん。
国籍だけで一律に対応するのではなく、その人が何を求め、どのように食事を楽しみたいのかを短い会話の中から感じ取り、料理や器、接客を調整しているそう。
鮨を味わうことはもちろん、職人の所作を見て、日本酒を飲み、器に触れ、会話を楽しむ。
「麻布 鮨 翠九龍」では、食事を通じて日本文化そのものに触れる時間が、外国人客にとって大きな魅力となっているようです。
味だけではない価値を提供し「誰もが心地よく過ごせる鮨店」を目指して
訪日外国人が増える中、鮨店にも料理のおいしさだけではない価値が、これまで以上に求められていると芳賀さんは考えています。

海外から訪れる客は、国や地域だけでなく宗教や文化的な背景もさまざま。
中には宗教上の理由などから、特定の食材や生ものを食べられないケースもあるそうです。
「色々な国の方がいるので、宗教的な背景や人種的な背景がある中で、多様性を組み込みながら満足していただくことに気をつけています。極力できることをやる方針は曲げていないですね。」
と芳賀さん。
食べられないものがある場合にも、可能な範囲で料理を変更するなど、一人ひとりに合わせて柔軟に対応。

その一方で「旅行者だから」と必要以上に特別扱いするのではなく、カウンターでのライブ感やスタッフとのコミュニケーション、店内の雰囲気そのものを楽しんでもらえる店づくりを心掛けているのだとか。
こうした積み重ねは、外国人客の再来店にもつながっています。
実際に、芳賀さんの知人からの紹介で初めて来店したシンガポール在住の客が、その後は自身で予約するようになり、来日するたびに「麻布 鮨 翠九龍」へ足を運ぶようになったケースも。
時には月に2回来店することもあり、妻や子どもを連れて訪れることもあるそうです。
その際も、好みの食材や日本酒について聞きながら、その季節に合ったものを提案するなど、相手に合わせた接客を続けています。
今後について芳賀さんは、

「季節限定や日本ならではの希少な食材を使って、『これは春が旬なんですよ』『秋のこの時期はこの食材なんですよ』と分かりやすく説明しながら楽しんでもらいたい。日本人も海外の方も飽きないように自分を鍛えて、伝統と革新を融合させたものを作っていきたいです。」
と展望を語ります。
将来的には、その日だけの特別な食材を集めた限定企画や、日本のワインなどをテーマにしたメーカーズディナーといったイベントも検討しているとのこと。
江戸前鮨の伝統を大切にしながら、新たな楽しみ方を取り入れ、国内外を問わず何度訪れても新しい発見がある店を目指していきます。
一方、日本人にとって高級鮨店は「敷居が高い」「カウンターでは緊張してしまう」と感じることもあるかもしれません。
そんな読者に向けて芳賀さんは、
「リラックスして、職人との会話や食事、雰囲気を楽しんでいただければと思っています。初めて鮨のカウンターを体験する方でも、気負わずに来ていただきたいですね。誕生日や結婚記念日などにも心地よく過ごしていただければと思います。」
とメッセージを送りました。
訪日外国人が日本の鮨文化に魅力を感じる今だからこそ、私たち日本人も改めて、職人の所作や会話、旬の食材、日本酒や器まで含めた、江戸前鮨ならではの“体験”を楽しみに「麻布 鮨 翠九龍」を訪れてみてはいかがでしょうか。
麻布 鮨 翠九龍:https://mikuri-sushi.com/
