東京・原宿の東急プラザ原宿ハラカド3階のギャラリースペースで6月20日から25日まで開催中の「松本光一展」。TENGA20周年記念企画として、TENGAの生みの親・松本光一さんの半生と同製品誕生までの歴史を辿る本展において、松本さん本人を招いたトークイベントが行われました。“性の常識を変えた”伝説的ヒット商品はいかにして生まれたのか。そこにはものづくりに人生のすべてをかけた一人の発明家の感動ストーリーがありました。
挫折から始まった「今は無いものを作る」挑戦
「松本光一のひらめき」をテーマに、TENGA誕生時の開発デスクの再現や本邦初公開となる初期のデザインスケッチなどを通じて松本さんの発想と戦いの軌跡に迫っている本展。開催初日の夜、会場に隣接するラウンジを満席にして行われた本イベントでは、「TENGAの始まり」と「描いた未来と今」という2つの話題で約1時間のトークが展開されました。

万雷の拍手で迎えられた中、「皆様のおかげでTENGAは今年で20年を迎えることができました。今日はたくさんの方々が来てくださって本当に嬉しいです」と喜びを述べ、TENGAの誕生秘話を語り始めた松本さん。

静岡県生まれで現在57歳の松本さんは、地元の高校を卒業後に愛知県の専門学校で学び、自動車整備士として高級スポーツカー関連の会社に就職。その後、クラシックカーのレストアを行う会社に転職するも、厳しい状況の中で給料の支払いが滞る状況に遭い、挫折して故郷の静岡へ戻ることに。
「この時、月の食費が3、4千円しかない生活をする中で、食べることと性というのは人にとって最も根源的で大切な欲であることに気付かされました。また、そんな風に追い込まれた状況の中で、周りへの思いやりを失くす体験をしました。それは人間として自分を半分以上失うのと同じようなことなので、本当に良くないと思い、二度と思いやりは捨てないと決めました」と当時を振り返った松本さん。しかし、このつらい体験から得たことが、後の人生に重要な教えになったといいます。

その後、無一文で帰ってきた静岡では中古車販売のセールスマンを経験。初めての販売職ながら、持ち前の知識を活かして1年目からトップの成績を上げ、安定した生活を獲得するも、ここで段々とものづくりへの思いが再燃してきます。そこで「今は無いものを作って世界中の人に喜んでもらおう」と目標を掲げて、まずは休日に家電量販店やホームセンターを回ってヒットしそうなものを研究。その中で様々な製品の中に込められた作り手の思いを学びますが、その上で半年経った頃に訪れたアダルトビデオショップの小さなグッズコーナーである違和感を覚えます。
「そこに並ぶ商品にはブランド、デザイン性、メーカー名など、昨日まで見てきたものが一切ありませんでした。保証もなければ問い合わせ先すら書かれていない。さらには製造国の表示やバーコードも見当たらなくて、アダルトグッズってこんなに不安なものなのかと思わされましたね。見栄えの方も本来はすごく大切で尊重されるべき性を卑猥に落とし込んでいるものばかりだったので、これなら性をもっとポジティブかつフレンドリーで一般的なものと捉え、性生活を豊かにする新たなカテゴリーのアイテムが作れると思ったんです」

そうしてやることがはっきりすると、一念発起して一千万円の資金を貯め、2001年にドロップアウト。自宅の小さな机の上でTENGAの開発が始まりました。
ゴールの見えない道を往くTENGA誕生までの過酷な日々
そこからは毎日朝6時から深夜2時まで一人で研究開発に没頭する日々。既存のグッズを100種類以上買い集めて研究し、自分が叶えたいことをメモに書き貯めながら試作品を作り続けたといいます。しかし、ゴールの見えない日々は予想以上に過酷で、1年半が経とうとすることについに限界が…。

「誰かが喜んでくれている達成感がない中で、自分は何のためにいるのかと考えるようになりました。そして今の自分は1合目にいるのか、それとも2合目にいるのか。ちゃんと前に進めているかすら分からず、とても苦しい時期を過ごしました」
でも、再び極限まで追い込まれたところで気持ちに変化が訪れたそう。
「途中でやめたら失敗と言われる。それなら成功するまでやり続けようと開き直ったんです。あそこが本当の意味で覚悟を決めた瞬間でした。そして覚悟を決めたらちょっとずつ運が良くなっていって、一日の中で起こるひとつひとつの細かな判断がポジティブな方に転び、自分を明るい方向に持っていってくれたと思っています」

その後、東京のある大手企業の店舗で販売が決まり上京。最後の難関になったのは量産化のための金型作りでしたが、当初用意した開発資金が底を尽きそうな中、1年以上の本葬の末に出会った職人さんに熱意をぶつけてみると『あんたは本気で言っている。もしうまくいったら払ってくれればいいので、あんたを信じて作りますよ』と言って金型を作ってくださった。そのおかげで2005年の7月7日に5種類のTENGAを発売することができました」と松本さん。ついに世に出たTENGAは発売一年目から100万個が売れるという革命的なヒット商品に。そして現在は国内2万4千件の店舗だけでなく、世界73の国々で販売される商品に成長し、日本を代表するプロダクトになったことは多くの人が知る通り。
最後に少し感極まりながら「25年前にあの小さなグッズコーナーで決断したところから始まって、段々と仲間が増え、たくさんの社員に支えてもらい、何よりもたくさんの皆さんが応援してくれたおかげで今もTENGAは存在していますし、僕はここに立てています。本当にありがとうございます」と振り返って深く頭を下げた松本さん。ファニーなアイテムとして語られることが多いTENGAですが、その誕生の裏には観衆の心を打つ感動がありました。

その後、後半の「描いた未来と今」のトークでは、女性用ブランドの「iroha」、カップル用ブランドの「CARESSA」という性生活を豊かにするアイテムのほか、アートで性をカルチャーにするファッションブランド「TXA」の展開など、現在の株式会社TENGAの多彩な取り組みに関する話題が展開。いずれも「性をポジティブに語り、豊かな性生活がある社会にしたい」という松本さんの熱い思いに伝わる話に生きるパワーがもらえるイベントになりました。

TENGA20周年記念企画「松本光一展」は、東京・原宿の東急プラザ原宿ハラカド3階のギャラリースペースで6月20日から25日まで開催中(11:00~21:00、入場無料)。ただのサクセスストーリーではないTENGAのこれまでと今を知りに、ぜひ出かけてみてください。