大きなモニターに広がる映像、耳元から聞こえる波の音。目の前に広がるのは、日本の島々を歩いているような没入感のある空間――。
東京都千代田区にある「領土・主権展示館」が、2025年4月18日にリニューアルオープンします。これまでの「読む」中心の展示から、「体感する」展示へと大きく進化。来館者の五感に訴えかけるインタラクティブな体験を通じて、日本の領土や主権についてより深く理解できるように設計されています。
展示館のテーマは難しく感じられがちですが、今回のリニューアルでは、映像や音響を活用することで、初めて訪れる人でも自然と引き込まれるような仕掛けが多数取り入れられているのが特徴です。特に、北方領土や竹島、尖閣諸島といった地理的・歴史的背景を、動きのあるビジュアルで体感できるエリアは見どころの一つ。
ARやVRのような没入型技術を応用した今回の展示は、展示空間そのものの在り方に問いを投げかける試みとも受け取れます。展示館という枠を超えた、新しい「学びの体験」として注目されそうです。
展示のあり方が変わるきっかけとは?背景にある課題と意図

日本の領土や主権について、正しい知識をわかりやすく伝える場として2018年に開館した「領土・主権展示館」。北方領土・竹島・尖閣諸島の歴史や、日本が領有する根拠を丁寧に解説する展示内容は好評を博し、年間で約1万人が訪れてきました。
しかし、来館者の傾向を見ると、30代未満の若い世代の足が遠のいているという課題が浮かび上がっていました。テーマ自体は重要でも、「難しそう」「自分には関係なさそう」と感じられてしまうと、なかなか第一歩を踏み出しにくいのが実情です。
そうした中、今回のリニューアルでは、最新の映像技術を導入し、より直感的に「知る」「感じる」ことができる展示へと進化しました。エンターテインメント性を取り入れることで、子どもや若年層にも関心を持ってもらいやすい仕掛けが施されているのが大きな特徴です。
これまでの「読む展示」から、「体感する展示」へ――。この大きな変化は、領土問題をより多くの人にとって“自分ごと”として捉えてもらうための、大きな一歩と言えそうです。
展示が“体験”になる 注目のリニューアル内容をチェック

リニューアルされた領土・主権展示館の見どころは、なんといっても体験型展示の導入です。特に注目したいのは、「イマーシブ・シアター」と呼ばれる没入型空間。床・壁・天井の5面を囲む大型スクリーン(1面あたり6メートル×4メートル)に、北方領土・竹島・尖閣諸島の自然や風景が映し出されるこのシアターでは、まるで島々を空から眺めたり、海に潜ったりしているかのような臨場感を味わうことができます。15人ほどで同時に体験できる設計になっており、来館者同士でその空間を共有する感覚も魅力の一つです。

加えて、三つの大画面(4メートル強×3メートル)に2Dアニメーションが映し出される「ヒストリー・ウォール」も印象的です。遠い存在に感じやすいこれらの島々について、歴史的な背景をビジュアルでわかりやすく学べる内容になっており、「ただ知識を詰め込む」のではなく「自然と考えるきっかけを作る」ような構成が意識されています。

また、教育現場での活用を見据えた工夫も取り入れられています。たとえば、地球儀型のデジタル装置「ハンズ・オン・アース」では、学習指導要領に沿った内容が表示されるようになっており、探究型の授業にも活用可能です。児童生徒の興味を引き出すための仕掛けが詰まっており、教育関係者にとっても実用的な場面が増えそうです。
ARやVRといった没入技術の進化により、今や展示も「見る」だけでなく「感じる」ものへと変わりつつあります。領土・主権というテーマをここまで体験的に学べる施設は珍しく、まさに現代の展示の可能性を示す好例といえるでしょう。
“感じる学び”のその先へ 展示が広げる未来の可能性
今回のリニューアルによって、「領土・主権展示館」は情報を“読む”場から、“感じる”場へと大きく進化しました。床や壁、天井まで映像で囲まれるイマーシブ・シアターや、アニメーションで歴史を学べるヒストリー・ウォールといった体験型展示を通じて、来館者が自らの感覚で学び、考える空間が生まれています。
ただ、今回のリニューアルは一つの通過点に過ぎません。今後、展示館ではこの夏から秋にかけて、より広い視点で日本の領土や海洋全体をとらえる拡張エリアが新たに整備される予定です。予定されているのは、3面スクリーンのシアターやデジタル日本地図、ライブラリースペースなど。これまでの展示と違い、学ぶだけでなく「議論や交流」を生むことも意識した構成になるとのことです。
また、先生や子どもたちが利用しやすいよう、学校団体向けの昼食スペースを拡充する動きもあり、社会科見学や修学旅行の訪問先としても、活用が進んでいくことが期待されます。
情報を一方的に届けるだけではなく、背景を深く知ったり、他者と意見を交わしたりする。そんな学び方が求められる今、展示館という場のあり方もまた変わりつつあることを感じさせられます。
テクノロジーが変える「伝え方」のかたち
展示の世界にも、体験型・没入型といったアプローチが広がりつつあります。今回のリニューアルを経て、領土・主権展示館もまた、情報をただ届けるだけでなく、「どうすれば伝わるのか」「どうすれば関心を持ってもらえるのか」といった課題に応えようとしている姿勢がうかがえます。
映像や音響を使った臨場感のある演出は、知識を身につけるためだけでなく、考えるきっかけをつくる装置にもなり得ます。難しさや距離感を感じやすいテーマだからこそ、こうした“感じる展示”の意義は今後さらに増していくのかもしれません。
領土問題に限らず、「学び」の届け方が問われる時代において、展示という手法がどのように進化していくのか。その一つの形を、今回のリニューアルから読み取ることができました。
■施設概要
名称:領土・主権展示館
所在地:〒100-0013 東京都千代田区霞が関3-8-1 虎ノ門ダイビルイースト1階
開館時間:10時~18時
※詳細は公式サイトをご確認ください
https://www.cas.go.jp/jp/ryodo/tenjikan/