AIの進化は、文章や画像の生成、業務効率化といった身近な領域だけでなく、生命科学や医療の研究開発にも変化をもたらしています。ただし、生命の複雑な仕組みをAIで読み解くには、計算技術だけでなく、学習の土台となる質の高いバイオデータが欠かせません。日本が長年培ってきた研究力や臨床現場の知見を、どのように新しい産業へつなげていくのか。いま、その可能性を分野や組織の垣根を越えて考える場が求められています。
そうした中、バイオAI協議会は2026年9月17日、東京都千代田区のTokyo Innovation Baseで「バイオAIサミット2026」を開催しました。事務局はバイオAIスタートアップのCraif株式会社が務め、東京都、科学技術振興機構(JST)、LINK-Jが後援。申込者は700人を超え、企業、スタートアップ、大学、医療機関、投資家、行政など多様な参加者が集まりました。
生命科学を次の産業へ導く「バイオAI」
バイオAIとは、機械学習に適した生体由来のデータを生成・解析し、AIアルゴリズムと組み合わせて健康・医療分野の新たな価値につなげる領域です。高度なAIモデルを使うだけでなく、生命の複雑さを読み解ける高品質なデータを継続して生み出せるかどうかが重要になります。

今回のテーマは「バイオAIが、生命科学を次の産業へ進化させる」。4つのセッションを通じて、独自データの蓄積、日本の競争力、研究成果の社会実装、それらを支える開発基盤までが取り上げられました。満席となった会場の様子からも、この領域への関心の高まりがうかがえます。

産官学の連携から始まる日本発の挑戦
オープニングには、Craif代表取締役CEOの小野瀨隆一氏と東京都副知事の宮坂学氏が登壇しました。

小野瀨氏は米国サンディエゴでのラボ開設など、同社のグローバル展開を紹介。非侵襲的に質の高いデータを得られる分野に、日本の強みを生かせる可能性があるとの考えを示しました。

宮坂氏は、東京都が進める「SusHi Tech Global」に触れながら、バイオAIを未来の都民にとって重要なテーマと位置づけました。行政として挑戦する企業や研究者を支え、ともに世界へ展開していきたいとコメント。新しい産業カテゴリーを育てるうえで、産官学が共通の方向を持つことの大切さが伝わるセッションとなりました。

AIモデルよりも問われる独自データの蓄積
セッション01では、日本IBM、イルミナ、Craifの登壇者が、世界で加速するAIと生命科学の融合について議論しました。共通して示されたのは、競争力の源泉がAIモデルそのものから、独自のデータを生成し、実験と学習を繰り返す仕組みへ移りつつあるという視点です。


続くセッション02には、bitBiome、digzyme、Taxa Technologies Japan、Craifの関係者が参加しました。日本には、現場で積み上げられた研究ノウハウ、臨床研究の環境、生物資源の多様性、研究者層の厚さがあります。一方で、データ生成を短期的なコストとして捉えず、将来の価値を生む先行投資として継続する必要性も語られました。量だけを競うのではなく、丁寧に生み出したデータの質で勝負する道筋が議論の中心となりました。

研究成果を検査と地域医療の現場へ
セッション03では、研究成果を実社会へ届ける取り組みが紹介されました。Craifが開発する「miSignal Dx 膵がん」は、国内12施設で行うピボタル試験の症例登録と検体収集を完了し、年内の薬事承認申請に向けた最終段階に入ったとされています。日本発のMCED(多がん種早期検出検査)の薬事申請を目指す開発も始まりました。
尿中マイクロRNAのデータを活用した生物学的年齢検査サービス「miAge(マイエイジ)」も発表されました。がん検査で蓄積してきた技術とデータを、エイジング領域へ応用したものです。

自治体での実装例として紹介されたのが、島根県美郷町による尿がんリスク検査「マイシグナル・スキャン」の公費助成です。定員100人に対して283人の応募があり、受検者の50%は過去3年間にがん検診を受けていなかったといいます。町長の嘉戸隆氏は、未受診者の行動を促す効果があったとの認識を示しました。高度な検査を地域へ届ける方法を考えるうえでも、印象的な事例です。

品質と効率を支えるラボ・開発基盤
セッション04では、データを生み出し、活用し続けるための基盤に焦点が当てられました。アイパークインスティチュート代表取締役社長の藤本利夫氏は、同じ実験環境や機器から得られるノイズの少ないデータを、複数企業で共用する集中型ラボ基盤の構想を紹介しました。

Craifは、5年間のラボ運営で磨いた管理システム「Oyster Lab OS」の外部提供を開始しました。同社によると、年間延べ1,000時間以上の業務削減、管理者の月次業務98%削減、開設以来5年間の外部監査指摘ゼロという実績があるといいます。

さらに、AIで作ったアプリをサーバーやデータベースの環境構築なしで公開・運用できる「Oyster Platform」も披露されました。研究だけでなく、データ品質や日々の業務、開発環境まで一体的に整える重要性が示されています。

全セッション後には懇親会が開かれ、同日には研究者や機械学習エンジニアらを対象とする「バイオAIキャリアMeetup」も行われました。研究、事業、行政、投資、キャリアという異なる入口が、一つの会場で交わる機会になったようです。

高品質なデータを社会の価値へ変えるために
今回のサミットで繰り返し語られたのは、AIの性能だけを追うのではなく、信頼できるバイオデータを丁寧に生み出し、学び続ける仕組みの重要性でした。研究力や臨床現場、ものづくりの文化といった日本の強みも、データを蓄積する基盤や継続的な投資、社会で使われる仕組みがそろってこそ価値につながります。膵がんの診断補助プログラム、生物学的年齢検査、自治体の公費助成、ラボ運営やアプリ公開の基盤まで、会場で紹介された取り組みは多岐にわたりました。
それぞれの成果を個別に終わらせず、企業、研究機関、医療、行政が知見を持ち寄ることが、次の一歩になりそうです。700人を超える申し込みと多様な参加者の交流は、バイオAIが研究上の概念から、暮らしや地域医療に関わるテーマへ近づいていることを感じさせます。
